2018年11月25日

ボヘミアン・ラプソディ ☆☆☆☆

今年の155本目。
フレディの命日に2度目の鑑賞。
今回のレビューはかなりネタバレありです。

前回はあまり予備知識無しに見たが、今回は多少の情報収集した上での鑑賞。
20世紀フォックスのファンファーレは別にして最初にかかる曲が「Somebody to Love」である。
やはり映画のタイトルは「Bohemian Rhapsody」より「Somebody to Love」の方がふさわしいと改めて思った。
「Can anybody find me somebody to love 」このフレディの叫びがこの映画の主題かなと。
その答えが家族_Familyであると。
映画の中には家族_Familyと友達_Friendというベタな単語が結構出てくる。
QUEENの曲にはFriendという単語が入っている曲は有名どころですぐに2曲ほど思い浮かぶが、Familyは全く思い浮かばない。
にもかかわらず、印象に残っているのはかなり意図的に刷り込んできている。

フレディ・マーキュリーがどれだけのコンプレックスを抱えていたのかは自分なんかには想像もできない。
パキと呼ばれて出自を揶揄され、ファルーク・バルサラの本名をフレディ・マーキュリーに改名、出っ歯をロジャーにさえ馬鹿にされ、極めつけはゲイであったこと。
まあ、才能があってあれだけのスーパースターにならなかったら、差別されていじめられるのは避けられない時代だった。
それに反発するかのごとく傲慢になっていくのは仕方がないことだったのかもしれない。
「君は時々本当にクズになるな」というブライアンのセリフが刺さる。

他のメンバーに「君らには妻や子供がいるだろ」と言い放ったフレディが、最後は両親にジム・ハットンを紹介し、ライブエイドに向かう前に父親と抱き合うシーンで一番涙してしまう。
QUEEN(家族)のもとに戻ったフレディが圧巻のパフォーマンスを見せるライブエイドで映画を終えるのは大成功のエンディングだと思う。
後は余韻に浸りながら「Don't Stop Me Now」と「The Show must go on」を聞いて涙が乾くのを待つのである。

映画は事実と異なるところは多々あるのだが、それさえQUEEN好きを引っ張り込む演出なのではないかと思ってしまう。
映画の演出のためにやっているところは分かるけど、そうじゃないところは勘ぐってしまう。
車を売って資金を作って自らアルバムを作っているシーンが出てくるが、そこでの曲が「 Seven Seas of Rhye」なのだが、これはデビューアルバムではインストバージョンのみで歌詞が付いたのは2ndアルバムである。
最初のアメリカツアーで「 Fat Bottomed Girls」を演奏しているのもすごい違和感。
この曲はアルバム「JAZZ」に入っているので、ずっと後に発表された曲である。

アダム・ランバートははっきり確認はできなかったけど、多分あの意味深なシーンでトイレに消えていった男だな。
ライブエイドの本物の映像はちょっとしか出ないから無理。DVDでも出たら再確認要。

笑えるのは「オペラ座の夜」のレコーディング中にロジャーの「 I'm in Love With My Car」が馬鹿にされるシーン、ブライアンが「この髪型で産まれた」というシーン、フレディが再び一緒にやろうというところでのちょっと席を外してくれというシーンかな。


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posted by D at 10:21| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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