2014年06月01日

勝率ゼロへの挑戦 −史上初の無罪はいかにして生まれたか−

友人の著書であるため客観的なレビューとはいかないが、一人の熱い男の生き様が描かれている。
書かれているのは紛れもない真実であり、実話である。

クレディ・スイスの集団申告漏れ事件で1人だけ国税に告発される。
脱税の意図など無く、自分の誤りを認めて真摯に取り調べに応じるも検察には起訴されてしまう。
やっていないものをやったと言えるのか?
普通の人ならそれで起訴されないなら認めてしまうだろう。
しかし、国税も検察も人を見る目がなかった。
八田隆はやっていないものはやっていないと、全力で検察と戦う道を選んだのだった。

自分が八田から直接話を聞いたのは国税に告発された後、検察に塩漬け状態にされている時。
それまでの経過も聞いたし、それ以降は逐次状況報告があったので話の流れは全て知っていた。
それでも、検察とのやりとりのところはページを捲る手が止まらないし、佐藤弘規裁判長の説諭は胸が熱くなる。
実際に体験したことを書いているから臨場感は半端ない。

一旦彼の挑戦は終わったが、既に第2幕が始まっている。
「有罪にできなかったか。しゃあないな。」検察はそれで済むのか?
5億円の国家賠償請求訴訟、彼が目指すのは損害を取り戻すことではなく、検察改革だ。
裁判を通じて今回の事件で検察の何に問題があったのかを明らかにし、検察改革を促す。
5億円を獲得できればそれは冤罪に苦しむ人達のために使うと言う。
彼の戦いはまだまだ続く。
応援よろしく。

勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか
勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか
posted by D at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月16日

永遠の0 ☆☆☆☆

面白かった。

6年前に祖母が死んだ時に祖父から自分は血の繋がった本当の祖父ではないことを告げられた姉弟。
祖母は最初の夫を特攻隊で亡くしていた。
6年経って、ライターの仕事をしている姉は本当の祖父のことを調べようと弟に言う。
乗り気でなかった弟もバイトとして一緒に調べることにする。
生前の祖父のことを知る戦友たちに話を聞いて回るが、そこでじょじょに祖父の壮絶な人生を知ることになる。

600ページ近くあるが、終戦の日に一気に読んだ。
思うところは色々ある。
もちろん、あの悲惨な時代に生きたわけじゃないし、特攻などという死を覚悟したことも無いから何言ってんのと言われればそれまでだが。

先ずは、あの戦争を指導した上に立つ人間のいい加減さ。
フィクションではあるけど、背景はかなり綿密に調べて書いていると思うから、今の時代にも通じる当時の上に立つ人間のひどさが伝わってくる。
責任を取らない。
いい学校をでただけで、現場のことを知らないくせに上に立って余計な口を出す。
出世のことしか考えない。
日本人って変わってないのか?

マスコミのいい加減さも変わっていない。
戦争を煽るだけ煽って、敗戦後は愛国心を徹底的に非難する。
今のマスコミと同じように売上さえ増えれば良いというなんの矜持も無い姿勢。

戦争の悲惨さもあるが、最も心に来るのはあの時代の人を思う気持ち。
しょうもないことで好きだ嫌いだと言ってる自分が馬鹿に見えてくる。
死が身近にある当時とは時代が違うから当たり前ではあるけど、誰かのために死ぬわけにはいかないという気持ち。
ひたすら思い続ける気持ち。
涙が出てくる。

エンディングも秀逸です。
映画化されるみたいだが、原作より面白くなる映画は殆どないから、攻めて原作の良さを壊さないで欲しい。
かなり長い話だから端折らざるを得ないと思うが、主人公の生き様にスポットを当てて描いて欲しいな。
作者自身はあの戦争の不条理さ、組織のいい加減さ、マスコミのいい加減さも訴えたかったのだとは思うが、映画でそれら全部を表現するのは無理だから、テーマを絞ってやって欲しい。
詰め込みすぎると、散漫になって凡作になりそうだ。

永遠の0 (講談社文庫)
永遠の0 (講談社文庫)
ラベル:百田尚樹
posted by D at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

これからの「正義」の話をしよう ☆☆☆

マイケル・サンデルの話題の書をようやく読み終わった。
柄にもなく真面目な本を読んだのですごく時間がかかってしまった。
正直、ちょっと予想していた内容とは違っていた。

まず、「正義」という言葉だが、英語の「JUSTICE」とは微妙に違う印象だ。自分の解釈がおかしいのかもしれないが。
しがないサラリーマンをしてると、普段「正義」という言葉が使われる場面はほとんど無い。ただ、小さい頃から言葉としてはおなじみで、正義の味方、正義の仮面、正義の忍者等アニメや特撮物で使われているからだ。これらから来るイメージは悪いヤツを懲らしめることが正義であり、身近な行為に対して正義かどうかというのは少し違和感がある。まあ、本来はそういう意味なんだろう。
「行為の正当性」という方がしっくりくるか。

で、本書では色々な哲学者の考えや事例をあげながら、何が正しいかを考えていくわけだが、功利主義やリバタリアニズムは分かりやすいんだが、カントやロールズの考えは難しい。何だか無理やり理論形成しているように思える。事例はどれも単純なものが多いから自分なりの意見を考えるのは簡単だ。
著者の考えは最後の方で出てくるが、自分でも明確な答えは無いと言っているように、曖昧なものだ。はっきり明示してくれるとすっきりはするんだが、哲学だからそもそも答えが無いということか。
それでも、自分で色々考えることはしたから、読んで良かったと思う。
結構自分の中では明確な判断基準は形成されていて、基本的な考えは功利主義に近く、功利をどう測るかが問題なんだと思う。
また、そもそも正義でも悪でも無い選択もあると思うし、ほとんどの行為はそうだろうな。政治家とかにでもならない限り。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
posted by D at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする